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ゲーム色々

P3Dが待ち遠しすぎておかしくなっている。
待ちつつP4Dをやりすぎてプレイ時間はカンスト、P$が貯まる貯まる。使うとこないけど。
PQもまたプレイしてしまった。クリア8回。プレイ時間は…言うまい。
そしてもうとりあえずペルソナならなんてもいい的なことでCROSS TAG BATTLEのキャラ紹介とか見てたけど…
最初CROSS、ってところで、まずあの面子の中に普通の高校生放り込むとか無理ゲーにもほどがあるのでは、と思って、次にああでもペルソナとか反則技使ってる時点で普通の高校生ではないかとか思って、でもやっぱり次の瞬間には「いやいや陽介がニューとタイマン張るとかただの死亡フラグにしか見えないんですけど?!」ってなって…どう思いますかこれ。

まあでも、やっぱりP3D。オープニングだけで20回は見返してる。惚れた弱みというか色々勘ぐってしまう上にPQ2への(微かだけど…本当に)期待もあったりして。
PS4がなく買う予定もないのでP5をプレイしておらず、自然とP3Dばかりになってしまうけれど、まあ、色々情報見てる限りP5にはP3ほどはハマらないだろうし。元々ピカレスクあんまり好きじゃない。昔から、もう、小説からしてルパンだって嫌いだったわけで。
ただまあ、アトラスは的確にツボをついてくるので、なんとも言えないけれど。なんだかんだで購入したアトラスゲームは軒並みプレイ時間100時間超え。普通に300時間とかやってるのもある。P4Gだって覚えてる限りでも6回はクリアしてるし。もっといってるかも。

がやはりP3D。
というかもうP3関連ならなんでもいい気がしなくもない。
昨日、もう10年ぐらい前に、それこそP3が存在すらしていなかった頃に書きなぐったメモ書き(夢の内容とか妄想とか)を掘り返して読んでびっくりしたのが、乱発してるじゃないかどうでもいいを。そしてやってるじゃないか我らがリーダーのやってたことを。なんだこれ。私の趣味趣向はこの頃からもうこんなだったのか。それを後から出てきた彼が体現していたってのか。そりゃハマらないわけがなかろうよ。

とにもかくにもP3D。あと一週間。ああ、辛い。久々に待つのが辛い。何年ぶりだこんなに発売が待ち遠しいって感じるのは。
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レイトンブラザーズ

体調不良と鬱の重症化でしばらく何も楽しくなくやる気もなく人に会いたくもなかったわけですが、久しぶりにゲーム面白いと思えてちょっと復活です。直接関係はなくてもレディレイトン出たら買ってみようと思うぐらいには面白かったです、レイトンブラザーズ。だらだらやってても4時間ぐらいで全9編さくっとクリアできる手軽なやつだけどキャラとストーリー…というか会話がドンピシャで好み。世間的な評判はどうだったかわかりませんが私は好きです。あまりに気に入ったので二周しました。(結末知ってると知らないとでは違うから。)続編出ないかな…期待できないかな…最後ちょっとぼかしたところあるし出てくれるといいんだけど。
最近読んだ本・やったゲーム・見た映像どれもてんで楽しくなかったので久しぶりのヒットでした。レベルファイブ他のシリーズはやらないけどレイトンシリーズはなんだかんだで全部好きだったな。
しかしここしばらくゲームが全く面白くなかったのはたぶん逆転裁判6があまりにも期待外れだったせいではないかと。複雑な心境。逆転シリーズは結局最初の二つと検事シリーズがよかった…あと、5はまあ、わりとよかったかな。それで6買ってみたら完全に好みから外れたわけで…多分次作は買わない。

闘病

というべきかどうか。
いまだに体力は戻らず。なかなか普通の生活ができない。
それより問題なのはどんどん気持ちが沈んでいくことかな。
やる気も生きる気もなくなってくる。

無題

今は引きこもっていてそもそもあまり人に会わないけれど、時々思い返すと己の対人スキルの低さに自分でへこむことがある。壮絶なほど底辺…いっそ病気になってよかったかも…
ただ、ずっと一人で考え込んでいるとボケそうな気がして怖い今日この頃。何か刺激を、と言いつつすべてつまらなく感じて何事も手につかない。これは一種の鬱でもありそれこそボケのはじまりでもあると知識として知ってはいるので危機感は高まるばかりだが、だからと言って制御できるものでもないのもまた事実で。
…どうしたものかね。
というようなことを、人が見るところには書けないというヘタレっぷりもまた。

言葉

今は引きこもっているからそもそもあまり人と会うことがないけれど、時々とても困ることがあった。一応マルチリンガルということで、まあぶっちゃけ、いきなり知らない人を紹介されて、その紹介した人の前で、別の言語での会話を期待されるというのがときたまあったわけだが、正直相手が一言もその紹介者との共通語がわからないとかいう状況ならそれもありかも知れないけれどそうではなく普通にわかる人相手にわざわざその場の一人だけわからない言葉でしゃべる理由も必然性を感じないし、それ以前に最大の問題があるのだ。
言葉がわかるからと言って性格まで変わるわけではない。
私は、そもそもが初対面の人を前にすると会話はおろか挨拶すら満足にできない、酷い人見知りなのだ。対人スキルが底辺まわってるってのにいきなり高度なことを望まれても困る。というわけで、意思を含まないただの通訳(どちらかが言葉に困っている場合)ならこなせるけど、ああいうのは本当、困る。だから極力、人のいるところで多言語でしゃべることは控えている。可能な限り知らないふりをする。私はこの言葉しかわかりません。はい。
だからこの前はかなり特殊な状況だった。まわりに他に誰もいなかったってのもあるけど、自分から知らない人の間に入ったのって何年振りだろう。そもそも二人の間で言葉がまったく通じていないのが見ていてもどかしかったのが原因だけど、太宰府の土産屋さんで、中国の観光客の女性が流暢な英語で質問をしていて、日本人の店員さんが何を言われているのか全くわからずおろおろしていたので、つい入ってしまった。一応役には立った気がする。でも、だいぶ簡単な会話だったので…あれぐらいは勉強してください、一大観光地のオフィシャルなお土産屋さんなんだから。

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